アップルシードエージェンシー

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スタッフ紹介

栂井理恵 Togai Rie
エージェント
1975年兵庫県生まれ。関西学院大学総合政策学部卒業。在学中、アメリカ・テキサス州へ交換留学。国際関係論・マスメディア論などを学び、メキシコでボランティア活動を行う。卒業後は、大阪の法律事務所に勤務する傍ら、アートイベントの企画・運営に携わり、新聞・ウェブなどで劇評を発表。その後、企画営業、商品開発、書店やギャラリースタッフなどの仕事を経て、2005年末に上京。無類の本好きであることから、アップルシード・エージェンシーの入社試験を受ける。思い返せば入社試験は過酷だった。締め切りを設定され、何十冊もの本を読まされ、何十枚も講評を書かされる。自分でもいいのか悪いのか分からず、ただただ本を読んで講評を書かされる日々。鬼塚を「鬼」と思うようになる。講評の書きすぎで腱鞘炎になる直前に「採用」の返事。2006年3月、すでにへとへとの状態で入社。現在は、書き手たちの湧き出るアイデアに翻弄されながら、新人作家の発掘とマネージメントに励む日々。
宮原陽介 Miyahara Yosuke
エージェント
1973年富山県生まれ。日本海側のとある町で高校を卒業。ほとんどサッカーをするために上京して駒澤大学文学部に入るが、あまりのレベルの高さに衝撃を受ける。サッカーは人生の余技とすることを決意。大学卒業後、日本実業出版社に入社。ここでも社内のサッカー部に入る。そこになぜか部外者の鬼塚も2005年から加わり、月2回、汗を流すことになった。そのとき鬼塚が、宮原の華麗なプレーに一目ぼれ。2年後宮原がアキレス腱を切り、サッカーが当分出来ない悲しみの絶頂のところに、鬼塚と仕事の件で意気投合し、ほろりときたところ、そのままアップルシード・エージェンシーに転職ということになった。出版業界では珍しいサッカー特待生。しかし、意外にも、いや思ったとおり、本人の能力はサッカー以外にもあった。日本実業時代は雑誌広告営業で歴代一位の営業成績。さらに書籍編集者も経験し、弊社が求めている本への愛情、本作りの経験、確かな営業力という要素を備えていた。得意ジャンルはビジネス、実用、理系分野、ノンフィクション。
山田恵子 Yamada Keiko
秘書 兼 エージェント
1987年兵庫県生まれ。高校教員の父と母に大切に育てられる。中学・高校はど田舎にある学校。ここまでの話は弊社の栂井とそっくり。
しかし極度の負けず嫌いなところは栂井と違う。高校時代は放送部に所属。そのど根性が功を奏し、血と涙の練習の末、高三の夏には放送部アナウンスコンテストの県大会で優勝。廻りからは甲子園球児より根性あるという評価をいただいた。そのご褒美として甲子園開会式の司会アナウンスをつとめる。そのとき現楽天の田中将大が出ていたそうだ。
しかし気づいたころには、田舎娘の宿命を背負っていた。とにかく上京したいと東京にある大学ばかり受験し、どうにかして学習院大学英米文学科にすべり込む。そして大の読書好きに。
縁あって卒業後も3年間、同大学の研究室で働くことになり、書庫では図書に語りかけ、カウンターでは学生と話し込む、オモロイ事務室のお姉さんになる。
人と出会い、人を支える仕事をしたいと思い、アップルシード・エージェンシーの求人に巡りあう。
鬼塚はその頃、社員が7年半ひとりも変わらず、野放しにしていたら社員が野生化してきた、と心配していた。ならばとお嬢さん大学として誉れの高い学習院大学卒業からおひとり採用して、会社の品を上げようと試みた。しかしのっけからやんちゃぶりを発揮。当初のもくろみは外れそうだ。
その話はさておき、講評を書く能力は凡人にはない才能が。さらに磨きをかけるために、毎日講評を書く特訓を受ける。鬼塚曰く「そちらが甲子園なら、こちらは巨人の星じゃ。講評養成ギブスを付けて日々鍛錬じゃ」と。なんのこっちゃ。
好きなジャンルは、女性実用、文芸。


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