鬼塚忠氏は二〇〇一年十月、東京・六本木に日本初の作家エージェント会社「アップルシード・エージェンシー」を設立した。将来性のある新人作家と契約を結び、出版社への橋渡しやマネジメントを行うのが仕事だ。

三年間でプロデュースした一六〇点の書籍のうち、約六割に増刷がかかり、うち一〇万部を超えるベストセラーを四作、五万部を超える作品を八作という驚異的“打率”を誇っている。そのほとんどが新人作家の作品だ。

「欧米の出版界では古くから、作家の代理店であるエージェントが存在して、作家の著作や出版企画を国内外の出版社に売っているんですよ。

エージェントの仕事は、若手タレントを発掘し、育ててデビューさせ、マネジメントする、いわゆる芸能プロダクションを連想すると分かりやすいかもしれません」と鬼塚氏。

エージェントが出版社に持ち込むのは、作家と一緒にまとめたA4一枚程度の企画書のみ。それでほとんどが決まるという。

見事に企画が採用された後も、作家の進行管理や原稿の校正、校閲など、エージェントの仕事は続く。書店での販売戦略やパブリシティに関して、アイデアを提案することもある。

エージェントの収益は、本の印税の数パーセントを作家が支払うことで得られる。発掘した新人作家の作品が本として出版されなければ、エージェントの儲けは一切ない。いわば、“運命共同体”なだけに、鬼塚さんの新人作家に注ぎ込む愛情には、ただならないものがあるようだ。

「とにかく四六時中、企画を考えていますね。契約を結んでいる作家さんたちの顔を思い浮かべて、この人にはあれが向くとか、あの人のこの経歴が生かせるとか……思いついたら夜中でもかまわず電話してしまう。考えることが楽しくて仕方ないんですよ」

外資系勤務でノウハウ・人脈獲得

 鬼塚氏は大学を卒業後、外資系の翻訳エージェンシーで、欧米作家の日本語翻訳権を扱う仕事に携わってきた。その経験が今の仕事の原点になっている。

欧米の翻訳事情やそこで活躍するエージェントの存在を知り、ノウハウを学んだ。その時に培った人脈もまた、企画を売り込む際の大きな財産になっているという。

「当時勤めていた翻訳エージェンシーには、毎日海外から大量に本が届けられるんです。その中から日本でヒットしそうなものを探していく。一日平均二〇冊は目を通していましたからね……そうするうちにヒットしそうな企画に体が自然と反応するようになっていったのかもしれません(笑)。 

よく『どうやってこの短期間で、これだけの作家を発掘したんですか?』と聞かれるんですけど、特別な方法は何もないんです。ただ自分の皮膚感覚を信じるだけなんですよ」

巧妙なメディアミックス戦略展開も

メディアミックスの手法も実に巧妙だ。この三年間で、一作品がテレビ化、五作品が映画化、二作品が漫画化されている。

『海峡を渡るバイオリン』は、バイオリン製作を独学で学んだ陳昌鉱氏の人生を鬼塚氏が作家・翻訳家の岡山徹氏とが聞き書きでまとめた作品だが、テレビ化権はフジテレビ、マンガ化権は小学館、ラジオ化権はNHKに売却された。その結果、テレビドラマは文化庁芸術祭優秀賞を受賞した。

「企画書の段階で、映画化の段取りをつけておくこともあります。実際映画化を条件に出版が決まった作品もあるくらいです」

日本の出版社に作品を売るのと同時に、海外の出版社にも翻訳権を売っておき、同時発売した書籍もある。

作家の講演会やトークショーなどのイベントも企画、実行中だという。

「日本では、作家に企画を依頼して書いてもらうというパターンが一般的です。そうなると、なるべく冒険はしたくないから、有名作家ばかりに依頼が集中してしまうんですよね。それが新人作家を生みにくい土壌を作り出しているんだと思うんです。

でも、デビュー作というのは、大ヒットする確率がとても高い。『ワイルド・スワン』のユン・チアンも、『ハリーポッター』のJK・ローリングもまったくの新人だったじゃないですか。金の卵が眠っているのに、ただ待っているだけなんてもったいない」

現在、十五万部を突破している『世界NO2セールスウーマンの「売れる営業」に変わる本』(和田裕美著、ダイヤモンド社)。鬼塚氏は、出版各社をまわって、この企画をプレゼンしたが、「作家として知名度が低い」ということで断られ続け、ようやく一〇社目にたどり着いたのが、ダイヤモンド社だった。

作家が作品を出版する際、複数の会社と交渉することはできないが、エージェントである鬼塚氏がいれば、それが可能となる。

「作品に最もふさわしい条件のあうところを選ぶことができます。出版希望者が多い場合はオークションにかけることもある」

 新人作家に限らず、ベテラン作家も、エージェントがいれば、企画や原稿に適した版元を探してくれるので、営業などにかける時間と労力を執筆にまわすことができる。

「作家をいかに安定して売れるようにプロデュースするか、そのための戦略を考えることも私たちの仕事。出版社に依頼されるままに原稿を書き続け、本当に書きたいものを書く前に、才能を食いつぶされてしまう――そんな作家を出さないためにも、エージェントの果たす役割は大きいと思っています」

 

鬼塚忠(おにつか・ただし)=1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、海外を放浪。27歳までに40カ国をまわり、世界各国で働いた経験を持つ。帰国後、「イングリッシュ・エージェンシー・ジャパン」に勤務。2001年に「アップルシード・エージェンシー」を設立。年間約60冊のかnlsーエージェンシー出版界では、作品を七作、世に送り出し書籍をプロデュースしている。