企画を商売にする

アップルシード・エージェンシー 

鬼塚忠さん

 

(リード)

アップルシード・エージェンシーは、作家の代理人となり企画を出版社へ売り込み交渉する、数少ない日本人作家のためのリテラリー・エージェントだ。代表の鬼塚忠氏は、エージェントの介入で出版業界全体が活気つくのではないかと語る。

 

(本文)

 

新人作家が現れなければ

出版界は衰える一方

 

 鬼塚氏はかつて海外作家の翻訳版権を売るエージェント会社に約四年間所属、年に何度も海外のブックフェアに赴いた。そこで気がついたのは、欧米の出版システムが日本よりはるかに進んでいることと、エージェント・システムの重要性だった。

「ブックフェアの現場で最も輝いていたのは、編集者ではなく間違いなくエージェントでした。作家を書くことに専念させて、ビジネスはエージェントが仕切ります。私の会ったエージェントたちのプレゼン能力、交渉能力はすばらしいものでした。

そういうシステムが確立しているからこそ、ジョン・アーヴィングなどの大作家が田舎で暮らすことが可能なんです。著名人の出版権が、原稿を書く前から一億円という値段で売買されることも珍しくありません」

 アメリカ、イギリスの敏腕エージェントたちと親しくなり、マネージメントのノウハウを聞いてまわった。だが所属する企業で日本人作家向けエージェントを行うことは時間がかかると判断、当時仕事をしていた編集者の一人、元角川書店の編集者にアシスタントを頼み独立。今年三月には元NHK職員のスタッフも入社し、現在三名のスタッフで、およそ八十人の作家のマネージメントをしている。

「最低でも四、五年のお付き合いをする覚悟なので、その人の人間性や能力、一回二回で終わる人でないかを見極めたうえでコンタクトをとって、当社のコンセプトを説明する。賛同してもらえたら契約になります」

 契約している作家は平均年齢三十五歳くらい。なるべく今後の成長が見込める若い作家と契約するようにしている。

「契約時点での有名無名は関係ありません。実力と若さ、ライフタイムバリューが指標です。なので、むしろブレーク寸前の若手作家が私たちにとっては一番やりがいがあるのです。

 日本では新人よりも、無難なベテランが好まれる。それは大きな間違いで、海外では大きく当たるのはデビュー作なんです。『ワイルド・スワン』も『ハリーポッター』シリーズも。みんなそれを狙いに行かない。リスクが怖いんですね。編集者が多忙すぎて、新人作家の原稿を読む時間がないのかもしれません。でも売れる新人作家が現れなければ、出版界は衰えていく一方です。私たちは力量を持った人物を発掘し、私たちの力で世に出したいと思っています」

 新人の発掘には当然「目利き」が必要だ。アップルシード・エージェンシーでは、プロデュースした年間八十冊のうち四割が増刷になっている。

 鬼塚氏の眼力は、以前の会社での経験で培われたものだった。

「毎日海外から約二十冊の書籍が送られてきました。その書籍の著者プロフィール、序文、目次を読んでイメージをつかみ、そして売れるか売れないか、さらにどの出版社のどの編集者がいい本にしてくれるか、何部売れるか、を判断していました」

 四年近く一万五千冊の判断を行ううちに、次第に「売れる本」に共通する法則のようなものを肌で感じるようになった。その経験が、作家への適切なアドバイスの元になっている。

 

人物本位のプロデュースで

「良質企画のデパート」に

 

 サービス内容は、企画や構想に対する相談、情報(メールマガジン)発信、企画書・サンプル原稿のブラッシュアップ、出版社への企画売り込み、印税等の金額交渉、プロモーションなど。

 求めるのは、その人物のオリジナリティーや底力。その時に持っている企画書は二の次だ。

「光るものを持っている人なら、その人に合う企画をプロデュースする自信があります。どんなプロフィールを強調してどういうコンセプトで、どんな目次で書けばその能力が引き立つか。そんなことばかり考えています。

 企画を考えるノウハウは言葉ではうまく説明できませんが、やはり一万五千冊の本を目利きしてきた経験ですね。よく考えるのは電車の中。あとは事務所のデスク、美しい家具と美しい音楽に囲まれているとき。心にゆとりがないとダメです。電車の中が美しいかはわかりませんが(笑)」

 だが、出版社に無理に売り込むようなことはしない。

「当社には編集者さんが絶えず来てくれます。みなさん“何かいい企画はないか”と買いモードでいらっしゃるので、企画書のリストにあるだけでも営業になっている。もちろんこちらからも行きます。週に十人の編集者と会って、その度にその方の興味にあった企画を十個ほど用意しますから、常時百個の出版企画を用意していることになりますね。押したら引く、ということもあるし、買いモードの人をいかに集められるかを考えています」

 いちばんの強みは、いい企画を持っているという信頼関係だ。

「一万五千冊の目利きをしたこと、前の会社にいたときの実績から、いい編集者が私の目を信用してくれた。少しずつ少しずつ信用してもらって、いい本を作るという前提で付き合ってもらっていると思います」

 編集プロダクションではなく、あくまでも作家へのエージェントサービス。出版社に印税率や定価等の金額交渉をすることはあるが、収益は作家からのコミッションのみとなっている。

日本では、出版社が作家に「こういうテーマで書いてほしい」と依頼する場合が多い。逆に 欧米では、作家が書きたいものを書いて、エージェントがその原稿に適した版元を探すというパターンが多い。

 だから大御所、たとえばスティーヴン・キングの作品は質も人気も落ちない。でも日本ではどうでしょう。それは、日本の出版社が作家の価値を食いつぶしてしまうからです。エージェントがついて、その作家の価値を計算してスケジュールを調整していけばそんなことにはならない。そこがエージェントのいちばんの価値なんですよ。私たちは結果的に企画のデパートのようになっていますが、本来の仕事は作家のエージェントで、ライフタイムバリューをあげることなんです」

 五年先、十年先を見越したプロデュース。半永久的に付き合う覚悟があるからこそ、その人の力を最大限に引き出す企画が生まれる。

「たとえ一冊二冊売れなくても、本当に能力のある人だったら、二、三年の内に必ずブレークします。その直感は八割以上の確率で外れません。

 逆に、持ち込まれる方は八割くらい難しいです。この前は突然お金持ちのマダムが訪ねて来られて“お金はいくらでも払うから本を出してブレークしたい”というんです。何が表現したいんですか、と聞いたら、“うーん、それも考えて!”と言われてしまって。理論的には不可能ではないんですよ。腕利きのゴーストライターに書いてもらって、ものすごい販促をかけるとか。断りましたけど、どうしたもんかなあと思いましたね。

 持ち込まれた原稿でもすごいものはあります。もともと自費出版で本を出していたGPSさんという方で、自費出版作品にもかかわらず大岡玲さんが毎日新聞の書評で大絶賛したんです。正直、最初はあまりにも世界観がすごすぎて理解できなかった(笑)。でも読んでもらった編集者は絶賛。もとの原稿の四割ほど改訂して、五月に角川書店からデビューします」。

 

出版に留まらない

コンテンツ・マネージメント

 

 また出版だけではなく二次使用にも力を入れており、現時点で映画化四本、マンガ化、テレビ化、ラジオ化をそれぞれ一本ずつ販売した。

「『海峡を渡るバイオリン』(河出書房新社)は、私と友人が手分けした書いた作品です。マンガ化権を小学館へ売り、いま『ビッグコミック』上で山本おさむさんが『天上の弦』とタイトルを変えて連載しています。ラジオ化権はNHKに売り、『私の本棚』で十五日間朗読されました。テレビ化権はフジテレビに売って、現在ドラマを制作中です」

 今年九月に発行予定の「クールス」は、新宿のレズビアンのソフトボールチームの物語。こちらもすでに映画化が決まっている。

「著者は、高橋ミユキさんという「歌舞伎町案内人」を書いた根本直樹さんのアシスタントだった方。新人のフィクションは出版社が買ってくれません。そこで、まず制作会社に映画化権を売って、映画化があることを条件に講談社に企画を売りました」

 さらに今後は作家の講演会などのイベント事業も企画し、多方向のビジネスをマネージメントする予定だ。

「作家さんは、能力やコンテンツは持っているのにビジネスがうまくない。たとえば友人で星野卓也という物語系の脚本家がいます。それだけでは食っていけないので、アルバイトでテレビショッピング番組の脚本を書いています。ところが話してみると、三十分の番組で、ゴルフのパターや腕時計など、五億もの売上をあげていることがわかったんです。すごいノウハウですよ。なのに本人は気が付かなかった」

 星野氏の『テレビショッピング』はオーエス出版社から近日刊行する。

「千五百円の本に五億を売るノウハウが詰まっている。すごいと思いませんか? この実績で本を書き、講演をする。ときどきは企業向けの販売シナリオを作る。そして数年かけて小説を書いてもらって、そこで勝負するんです」

 

 新しい才能を送り出すワクワク感

 マーケットは世界へ

 

「『世界bQセールスウーマンの「売れる営業」に変わる本』(ダイヤモンド社)を書いた和田裕美さんは、会った瞬間からイケると思いました。とても年収三千八百万には見えない健気な人で、人をがんばろうと思わせるオーラがあるんです。彼女にとってメジャーでの初めてのビジネス本なので何度も原稿を読んで出版を待った。発売前は“もうすぐベストセラー作家が生まれる”と思って非常にドキドキした覚えがあります。

『考具』(TBSブリタニカ・現阪急コミュニケーションズ)もそうです。著者の加藤さんは前からの知り合いで、すごく頭の切れる人間だということはわかっていました。ずっと本を作ろうと誘っていて、企画書も一緒に練りました。アイデア発想本には、ジェームス・ヤングの『アイデアの作り方』(同)という定番の本があるんですが、その隣に置きたいと考えてTBSブリタニカに持っていきました。原稿を読んだ時点で確信しましたね。装丁さえ良ければ必ず売れると。

発売日前は決戦前夜というか、みんながこの著者に注目するという思いですっごくワクワクしました。すると発売直後からアマゾンで上位に上がって行って、もう、世間を動かしたという感覚がたまらなかったですね」

 そして今年は、二つの作品を世界へ向けて発信する。

「まずは日本人主演のハリウッド映画『モンタナジョー』の原作本プロデュース。これは五〇年代、イタリアンマフィアの中枢にいた日系人男性の話です。そして新人絵本作家・時田博史の作品『サムライ』の翻訳権を、ボローニャのブックフェアで世界中の絵本出版社に売りだします。

 日本人は、他の先進諸国に比べて知的レベルは高いと思います。でも書籍に限っていえば、アメリカ、ドイツ、イギリスよりもレベルが低い。これはエージェント・システムがないため、出版社の意向がより強く書籍に反映されるから。例として、タイトルや装丁を出版社側が会議で決めて、事後報告をする場合がある。日本以外では考えられないことです。立場が対等であれば妥協点も見つかるけれど、現状では、作家は出版社の要望に沿う形にならざるをえない。

 エージェントが活発に活動できる素地を出版業界の中に作ること。それが結果的には出版界全体を活性化することにつながると信じています」

 いずれはエージェント五人で、百人の作家をマネージメントするのが目標。また今年中に、無名でも才能さえあれば出版しやすいシステムを構築するという。

自分自身でも現在、書籍を執筆中。今年末、新潮社から出版される。

 

(鬼塚忠さんプロフィール)

1965825日鹿児島県生まれ。大学1年まではサッカーに夢中の日々。その後2年にわたり世界各地を放浪、本を読みあさる。19976 イングリッシュ・エージェンシー入社。数々の海外翻訳作品の版権に携わる。200110月アップルシード・エージェンシー設立。

 

有限会社アップルシード・エージェンシー 〒106-0031 東京都港区西麻布1-4-43 西麻布NKビル6F 電話03-5414-3655 http://www.appleseed.co.jp/

(クレジット)

文・構成 藤崎美穂

撮影 佐藤英明