鬼塚 忠

 

日本初の”作家の代理人”

才能を発掘しベストセラーを量産

 

放浪の旅の後、翻訳版権を扱うエージェンシーに入社。

海外で出会った”作家の代理人”に魅力を感じ、独立を決意する。

ベストセラーを作る仕事に、生きがいを見いだした。

 

 

作家に代わって、企画案や条件面で出版社と交渉に当たる、”作家の代理人”。

海外の出版業界では、作家と二人三脚の関係から優れた作品を生み出す存在として知られている。エージェント抜きに欧米の出版界は成り立たないほどだが、日本ではまだ知名度が低い。

 

鬼塚忠は日本で初めて、作家の代理人業務を専門にする会社「アップルシード・エージェンシー」を200110月に立ち上げた。

業務の内容は、才能ある作家を見いだすところから始まり、企画・構想に対する相談や、原稿のブラッシュアップ、さらには出版社への企画売り込み、編集作業にまで及ぶ。印税の交渉や、作品のプロモーションも重要な仕事だ。

最初の作品である『僕が15で社長になった理由』を200112月に出版して以来、3年間で出版に関わった160冊余のうち4割に増刷(1)がかかるという、ヒットメーカーとなった。

 

代表的な作品は、『世界No.2セールスウーマンの「売れる営業」に変わる本』(16万部)、『ロベルト・バッチョ自伝ー天の扉』(11万部)、『考具』(10.2万部)『海峡を渡るバイオリン』(10.2万部)など。これらを含めて12冊も5万部を超える作品をプロデュースしている。実売1万部を超えれば大成功と言える単行本の世界で「企画売り込みの鬼」と呼ばれるゆえんである。

 

日本で初の作家のエージェントとなった鬼塚は、鹿児島市の錦江湾を望む町の理髪店(2)の子供として生まれている。作家のエージェントとしての仕事のルーツは、理髪店の店先にあったと鬼塚は言う。

待合室に置かれていた手塚治虫や白土三平、藤子不二雄といった漫画家の作品が鬼塚の心をとらえた。それが長じるに従って、自分で面白い物語を作りたいという気持ちに変わっていったという。

 

地元の鹿児島大学に入学すると、鬼塚の目は海外へ向けられた。世界を舞台にした読み物に夢中になり、世界を舞台に活躍したいと思い始めた。そのためには、英語を学ばねばならないと決意する。

 

鬼塚は、行動の男である。世界を見たいと考えると、すぐに大学を休学してロンドンに1年間語学留学、半年間世界を放浪した。ある時、イギリスのブッタガヤを訪れた際には、オウム真理教の一団と遭遇し、麻原彰晃が瞑想しているのを間近で見たという。破天荒な旅行の顛末を、南日本新聞に160回にわたり連載したこともある。

やがて大学卒業の時期がやってきた。当時はバブル真っ盛り。就職先はいくらでもあった。「世の中は甘いものだ」と高をくくり、就職せずにさらに数十カ国を旅した。

 

ところが、2年後に帰国してみると、バブル崩壊で状況は一変していた。仕方なく、ガードマンなどのアルバイトをしながら簿記や会計を学んだ。もし好景気が続いており、簡単に就職が決まっていれば、作家の代理人としての鬼塚はいなかっただろう。

 

鬼塚はその後、求人広告で、英国人が経営する会社、イングリッシュ・エージェンシー(3)を目にする。得意の英語と簿記の知識を生かし、この会社に「経理担当」として入社。これが人生の転機となった。

 

その会社は、海外作家の翻訳版権を日本の出版社に売る代理店だった。経理配属だった鬼塚も、半年後には出版社への売り込みを任されるようになる。この会社には約4年間所属し、出版ビジネスの基礎を学んだ。  

 

イングリッシュ・エージェンシーには、海外から毎日20冊以上の本が送られてきた。同社に勤めた期間のうち後半の2年間、鬼塚は毎日、それらすべての本の、著者プロフィル、目次、梗概(要約)に目を通した。120冊、2年間で1万冊をこなした。

「不思議なもので、量をこなすと売れる本が分かってくる。どんな構成で、どんなコンセプトなら成功するか。出版の必勝パターンが少しずつ見えてきた」

鬼塚はいつしか、編集者や作家希望者にアドバイスができるようになっていた。タイトル案や、構成などについての工夫が、口をついて出るようなった。

 

作家のエージェントとして独立するキッカケとなったのは、「フランクフルト・ブックフェア」だった。欧米で活躍する敏腕代理人の魅力に触れ、帰国後、日本人作家のエージェント業務に会社を提案した。しかし、認められなかったため自らの起業を決意した。

鬼塚は、創業からの経験を踏まえ、作家に求めるべきものは結局、オリジナリティーと底力だと結論づける。素材さえ良ければ、その人に合う作品をプロデュースする絶対の自信があるとも語る。

 

未来のベストセラー作家や、売れる企画を見つける秘訣は、と問いかけると、「とにかく人と会うことだ」と即答した。

「アイデアは、机の前に座っていても生まれることはない。私は新聞記者よりもたくさんの人に合って、話を聞いてきた。ナマの声の中に企画のヒントがある」

良い作家に巡り合ったら、どうしても売りたくなる。だからこそ、あざとく仕掛けることも厭わない。企画段階で、既に映画化や漫画化の手を打つこともある。

 

近年、出版不況が声高に言われるが、鬼塚は今こそ代理人の出番であると言う。

「良い企画さえあれば本は売れる。出版社は失敗を恐れ、実績のある作家に依存しがちだ。新人発掘が後手に回る。代理人こそ、新人を発掘し、その才能を最大限に生かせるよう多様な提案ができる存在だ。私たちはまだ、走り出したばかり。そして、やれることはまだまだたくさんある」

 

 

 

鬼塚忠が手がけたベストセラー

 

 

『世界No.2セールスウーマンの「売れる営業」に変わる本』      16.0万部

 和田裕美 著  ダイヤモンド社(20039月)

 

『海峡を渡るバイオリン』(4)                   10.2万部

 陳昌鉉/語り 鬼塚忠・岡山徹/聞き書き  河出書房新社(20029月)

 

『考具』                             10.2万部

 加藤昌治 著 阪急コミュニケーションズ(20034月)

 

『元日銀マンが教える預金封鎖』                   8.2万部

 本吉正雄 著 PHP研究所(20046月)

 

『こうして私は世界No.2にセールスウーマンになった』         8.0万部

 和田裕美 著 ダイヤモンド社(200411月)

 

『営業脳をつくる!−和田式「営業マン特別予備校」5日間トレーニング』7.2万部

 和田裕美 著 PHP研究所(20045月)

 

『営業のビタミンプラス・アルファ』                 6.0万部

 和田裕美 著 三笠書房(20051月)

 

『和田式「営業」クリニック』                    5.0万部

 和田裕美 著 明日香出版社(20045月)

 

『歌舞伎町案内人』李小牧 著           単行本と文庫本で 8.0万部

 根本直樹 編 角川書店(20028月)・角川文庫(20043月)

 

『クチコミュニティ・マーケティング』      「2実績編」も含め 5.0万部

 日野佳恵子 著 朝日新聞社(20029月)

 

『NAKATAー中田英寿イタリア戦記』               5.5万部

 ステーファノ・ボルドリーニ 著 片野道郎 訳 朝日文庫(20037月)

 

 

 

 

鬼塚忠が手がけた近刊

 

 

『福助再生!』

 藤巻幸夫・川島隆明 共著 ダイヤモンド社

 

『誤診だらけの精神医療』

 西城有朋 著 河出書房新社

 

『君も社長になろう。』

 吉田雅紀 著 大和書房

 

『売上2億円の会社を10億円にする方法』

 五十棲剛史 著 ダイヤモンド社

 

『クチコミだけでお客様が100倍増えた!』

 日野佳恵子 著 PHP研究所

 

『もっとここちいい!節約ライフ』

 ハー・ストーリィ編 アンドリュース・プレス

 

『本音を引き出す超・面接術』

 杉井保之・山近義幸 共著 河出書房新社

 

『ハイパワー・マーケティング』

 ジェイ・エイブラハム 著 金森重樹 監訳 インデックス・コミュニケーションズ

 

『クールス』

 高橋美夕紀 著 講談社

 

『図解 ネット業界「儲け」のしくみ』

 久我勝利 著 翔泳社

 

『「仕事を面白くしたい」ときに読む本』

 夏川賀央 著 PHP研究所

 

 

 

1)増刷がかかる

アップルシード・エージェンシーが手がけた作品の中で、最も売れているのは、かつて日本ブリタニカに所属し、世界ナンバー2の売り上げを記録したセールスウーマン、和田裕美が執筆したシリーズだ。『世界No.2セールスウーマンの「売れる営業」に変わる本』の16万部を筆頭に、和田の本は軒並みベストセラーになっている。博報堂の現役プランナーの加藤昌治が書いた『考具』も、アイデア作りの教科書として、ビジネスパーソンを中心に10万部以上売れている。

 

2)理髪店の子供

鬼塚は両親から商売のイロハを学んだ。鬼塚が漫画を読むそばで、父や母が顧客への対応を工夫する話を聞き、人との接し方や交渉術を自然に学んでいった。また、顧客とのトラブルに発展した時の収め方なども目の当たりにしながら、商売の苦労と面白さを知った。

 

3)イングリッシュ・エージェンシー

東京・青山の骨董通りにある翻訳エージェンシー。海外著作物の日本語翻訳権を出版社に売り込んでいる。鬼塚を採用した当時の代表ウィリアム・ミラーは、英国出身で、母国で文芸編集者として活躍した後、日本に魅せられて来日した。文芸に対する飽くなき情熱と出版に対する思いを、鬼塚はミラーから吸収した。

 

4)海峡を渡るバイオリン

バイオリンの製作者として日本で第一人者の地位を築いた在日韓国人の陳昌鉉(ちん・しょうげん)の波乱の半生を綴った物語。

韓国ののどかな田園に育った1人の少年が、戦争という歴史の大きなうねりに翻弄され、最愛の母と別れて来日する。戦中・戦後の激動の時代に、独学でバイオリン作りに励み、世界で5人しかいない”無鑑査製作者”として特別認定されるまでを独白の形で綴った。昨年、フジテレビで開局45周年記念番組としてドラマ化された。

 

 

鬼塚 忠が作家に求める5つの資質

 

1 ポテンシャル   作家として世の中に発信できるだけのものを持っているか

2 強い信念     自分の作品を後世まで残したいという強い信念があるか

3 カッコよさ    「美学」と言っていい。生き方を貫き通す覚悟があるか

4 深い仲になれるか 肝胆相照らすことができる関係になり得るか

5 若さ       エージェントの使命は、原石を磨いて、新市場を開拓することだ